うれしい気持ちを長続きさせる方法

はいこんにちはー 愛真さなえです。
久々にうれしいことがありましたーー

うれしいことがあった時、いつも思うことがあります。

せっかくうれしいことがあったんだから、このうれしい気持ちを少しでも長続きさせられないか。
1日でも半日でも、数時間でも、このうれしい気持ちを引き伸ばせないか。

すっごくうれしいことがあっても、そのうち、その時の気持ちを忘れてしまいます。
「今日はうれしかったなー」「昨日はうれしかったなー」
これくらい思い返して、はい終わり。
今回のうれしかったことは、これでおしまい。

あんなうれしいことがあったなー、というのは覚えていたとしても、時間の経過とともに、うれしい気持ちのレベルは、MAXからどんどん下がっていきます。
すっごくうれしかったのに。なんともったいない。

というわけで、うれしい気持ちを少しでも継続させるために、時々こんなことをしています。

「うれしかった時の情景や気持ちをできるだけ鮮明に、何度も思い出す」

あ、いや、別に、普段そんなにひどい日々を送っているわけではありません・・・
毎日ヒマでしょーがない、というわけでもありません・・・

宝くじで300万円が当たったと分かった瞬間と、換金に行った時にかけられた言葉、あの部屋のソファーの柄。
サンモールの前で偶然キリショーに出会った時の気持ち、あの時に交わした言葉、キリショーが着ていた服と、髪の香り。
あぁ、はい、これは妄想。

短期間に、繰り返し思い出す。
これで、通常なら2日くらいで消え去っていく「うれしかった気持ち」を1週間は引き延ばせます。
何度か試していますが、1週間が限度。
1週間の間でも、どれだけ鮮明に何度も思い出していても、「うれしかった気持ち」は少しずつ減少していきます。
そのうち、この思い出す作業を忘れて、今回のうれしかったことは、終了となります・・・

どんだけ普段うれしいことがないんじゃ私。
なんか気の毒になってきた。

うれしかった内容を日記を書く方法も試してみましたが、これはちょっと違う結果になるようです。
その出来事をこと細かく書いておくと、後から読み返せば、どんなことがあったのかはちゃんと思い出せます。
でもなぜだかその時の気持ちは、さほど蘇ってこない。
どうしてなんだか。
書いたことで、気持ちが満足して終ってしまう感じ。

当たり前なんだけど、毎日毎日、うれしい出来事が起こるわけではありません。
楽しいことがあるわけではありません。
最高にうれしいことがあっても、数日経てば、そんな気持ちなんてすっとんでしまう。
それどころか「うれしいことなんて無い」「楽しいことなんて1つも無い」と思うことさえあります。

今日がうれしい日じゃなくても、楽しい日じゃなくても、私には「うれしかった日」があります。
「楽しかった日」があります。
そうそう、ここ最近、なんだかしょぼい日が続いているけど、私にはとってもうれしかった日がある。
楽しかった日の思い出がある。

「うれしい気持ち」や「楽しい気持ち」は、すぐに過去のものになります。
でも「うれしかった日がある」「楽しかった日がある」ということについては、いつまでも現在形。
覚えている限り、終わらない。

だから、たとえ今後もう二度と、過去にあったのと同じ「うれしかったこと」や「楽しかったこと」を体験できないとしても、私の人生がつまらないものになってしまったわけではありません。
あの時の「うれしかったこと」や「楽しかったこと」は、消えて無くなったりはしません。

今はカープの試合を見に行けなくても、友達と観戦に行って楽しい時間を過ごしたという事実は消えません。
もう二度と、サンゴ礁に囲まれた南の島で、魚と泳ぐことができなくても、その思い出は覚えている限りは無くなりません。

今、この瞬間が退屈なものだとしても、これまで経験したうれしいことや楽しいことで、私はできています。
そう考えると、失ったものって、それほどないんじゃない?